IHI跡地の中でも、もっとも海よりに位置し、造船ドックをそのまま生かしたドックパークと一体化された大型商業施設、ららぽーと豊洲も開業から早や一年半が過ぎました。立体駐車場から出て来る車の列を見ていると、地元の足立、品川に混ざって川崎、横浜、習志野といった他県ナンバーも少なくありません。この施設の商圏の広さが窺えます。商業的にも、豊洲は成功したと言っていいのではないでしょうか。

何となく海の近くの商業施設を思わせるデザインです

この吹抜から正面のドック越しに海が見えるしつらえです

芝生に浮かぶオブジェは海の中の浮き輪でしょうか?

広場に無造作に置かれているのは船の錨です

海に開かれた広場にも店舗が面しています

夕暮れの海を見ながらの食事も乙なものです

海側から見たららぽーと豊洲の全景 背後にパークシティ豊洲

海側から見るパークシティ豊洲は海浜リゾートマンションのようです

春海橋と並行して架かる鉄道橋が歴史遺産的に残されています
この他にも、豊洲の街の中には、あちらこちらにかつての造船工場時代の産物が散りばめられています。ひょんなところに引込み線のレール跡が残されていたり、マンションとマンションの間に錨が置かれていたりします。何故?と首をかしげる方もいると思います。
幕府の命を受け、軍艦を建造するため、石川町の地先に出島的に埋め立てられて出来た島が石川島となり、そこで操業を始めたのが石川島播磨重工業(現:IHI)の前身であり、すなわちその工場跡地が現在急ピッチで街創りが進む豊洲再開発エリアです。
埋立地ですから長い歴史のある街ではありません。線路や錨は再開発で地表を完全にリセットされた短い埋立地の歴史を、せめてオブジェ的にでも後世に残そうとしてのことなのでしょう。豊洲が街としての歴史を作るのはこれからですね。でも、今ここから見る海と広い空は、埋め立て時と変わらないのではないでしょうか。その意味で、海と空が広々と見えることこそ、豊洲のアイデンティティかもしれません。
この街では、開発がかなり進んで来た現在でも、空が本当に広く見えるのです。